ニッポニカ・ビオラ弾きのブログ

芥川也寸志メモリアル オーケストラ・ニッポニカのビオラ弾きのブログです

ニッポニカ第38回演奏会「松村禎三交響作品展」

オーケストラ・ニッポニカ第38回演奏会 オーケストラ・ニッポニカ第38回演奏会 2021年7月18日(日)14:30開演 紀尾井ホール 松村禎三:ピアノ協奏曲第1番(1973)* 松村禎三:ゲッセマネの夜に(2002/2005) 松村禎三:交響曲第1番(1965) 指揮:野平一郎 ピ…

第37回演奏会評

『音楽の友』2021年5月号ニッポニカ第37回演奏会「1964年前後・東京オリンピックの時代」の演奏会評が、次の通り掲載されました。有難いことです。 オーケストラ・ニッポニカ第37回演奏会/戸ノ下達也〔Mercure des Arts (メルキュール デザール)〕2021.4.15…

「100年目の12音音楽」を聴く

クラシックの迷宮「100年目の12音音楽」片山杜秀さんのNHK-FM「クラシックの迷宮」、昨日は「100年目の12音音楽」と題し、12音音楽を確立したシェーンベルクの音楽が取り上げられました。彼が最初に12音音楽のアイデアを表明したのが1921年だという逸話が紹…

作曲家・入野義朗

入野義朗書誌と没後20周年コンサートのプログラム第37回演奏会でとりあげる入野義朗関連のブログ記事をまとめておきます。入野は日本における12音音楽の導入者として知られていますが、その経歴をたどってみると、自身の創作活動に留まらず、音楽関係イベン…

古関裕而の本とCD

古関裕而について参考にしたのは、去年出た次の本です。著者は1977年生まれ、日本近代史を専攻する研究者で、NHK「エール」の風俗考証を担当していました。読みやすくわかりやすいです。 刑部芳則『古関裕而 : 流行作曲家と激動の昭和 中公新書 2019年11月 …

古関裕而『オリンピックマーチ』初演

オリンピック組織委員会とNHKの委嘱で作曲された古関裕而の『オリンピックマーチ』は、1963年6月23日に上野の東京文化会館で初演されました。この演奏会は「オリンピックデー クーベルタン生誕100周年記念」というイベントの一環でした。「オリンピックデー…

古関裕而~オリンピックまで

36歳で終戦を迎えた古関裕而は、歌謡曲をはじめ、菊田一夫らの縁でNHKのラジオドラマや東宝ミュージカルの曲など次々に作曲していきました。「鐘の鳴る丘」「長崎の鐘」「高原列車は行く」など曲名だけでもその雰囲気が伝わってきます。ドラマ「君の名は」、…

古関裕而の戦中時代

古関裕而は21歳で東京に出てコロムビアの専属作曲家となりましたが、同期の古賀政男のようにヒット連発とはいきませんでした。この頃で有名なのは早稲田大学の応援歌『紺碧の空』や、『大阪タイガースの歌(六甲おろし)』です。上京した翌1931年に満州事変…

古関裕而の師、金須嘉之進

今年のNHK朝ドラ「エール」では、古山裕一 こと古関裕而が作曲コンクールに入選したことはでてきましたが、当時古関が師事した人物については言及がありませんでした。古関は福島の小学生の時に担任から童謡作曲の手ほどきを受けたとか、商業学校時代に入っ…

古関裕而『オリンピックマーチ』のヴィオラ

古関『オリンピックマーチ』Vla『オリンピックマーチ』の楽譜はスコアからパート譜を作成したのですが、ヴィオラは本来ハ音記号(五線の真ん中がハ=C)のなのに、写真のように所々にト音記号が入っています。スコアは他のパートとの間隔をあまり開けられな…

團伊玖磨『交響曲第4番』のセカンドヴァイオリン

團伊玖磨『交響曲第4番』第2楽章の最後先週から第37回演奏会に向けたリハーサルが再開されました。團伊玖磨『交響曲第4番』を合わせていたところ、第2楽章の終りでセカンドヴァイオリンが一番下のG線を半音低く調弦しているのを発見。ヴァイオリンは上からE-…

古関裕而『オリンピックマーチ』

NHK朝ドラ「エール」NHK朝ドラ「エール」では11月25日の放送で「オリンピックマーチ」が流れました。ドラマの中で、作曲はオリンピックの前年であることがチラっと語られました。ニッポニカで演奏するのはその1963年作曲管弦楽版「オリンピックマーチ」です…

芥川作曲賞2020

第30回芥川也寸志サントリー作曲賞選考演奏会久しぶりのサントリーホールで第30回芥川也寸志サントリー作曲賞の選考演奏会を聴きました。 第30回芥川也寸志サントリー作曲賞選考演奏会 2020年8月29日(土)15:00 サントリーホール大ホール ■第28回芥川作曲…

入野義朗没後20周年コンサート(演奏会プログラム)

入野義朗没後20周年コンサート入野義朗(1921-1980)の没後20周年を記念した、3回に渡るコンサートのプログラム。裏表紙には「Yosiro Vladimir IRINO 1921 Vladiostok - 1980 Tokyo」と刷られている。主催は「入野義朗没後20周年コンサート実行委員会」で、…

入野義朗『十二音の音楽:シェーンベルクとその技法』

入野義朗『十二音の音楽』入野義朗『十二音の音楽:シェーンベルクとその技法』早川書房、1953.7 序 十二音の音楽とはどういうものか …5 「十二音の音楽」は「twelve-tone music」の訳語だが、最近では「ドデカフォニー dodecaphony」という言葉がよく使われ…

「シェーンベルクとその楽派」年表

新ウィーン楽派と呼ばれるシェーンベルク、ベルク、ウェーベルンの年表を、ルネ・レイボヴィッツ『シェーンベルクとその楽派』の記述から作成してみました。ベルクとウェーベルンがシェーンベルクに師事していたのは、共に1904年から1910年の時期です。シェ…

古関裕而年譜その3:1946-1964

1950年代に発売された古関裕而のブロマイド古関裕而(1909-1989)の年譜、終戦からオリンピックまで。西暦(和暦)年齢:ことがら 1946(昭和21)37:藤山一郎、松田トシが古関の歌を歌ってヒット。 1947(昭和22)38:菊田一夫の劇に作った「雨のオランダ坂…

古関裕而年譜その2:1931-1945

古関裕而(1909-1989)の年譜、戦時中は軍歌をいろいろ作曲しました。西暦(和暦)年齢:ことがら 1931(昭和6)22:妻の金子、帝国音楽学校入学。世田谷代田へ転居。「紺碧の空」「福島行進曲」「福島小夜曲」レコード発売。藤山一郎と出会う。 1932(昭和7…

古関裕而年譜その1:1909-1930

古関裕而(1909-1989)の年譜、東京にでてくるまでです。西暦(和暦)年齢:ことがら 1909(明治42)0:8/11福島県福島市に生まれる。本名勇治。 1916(大正5)7:福島県師範附属小学校入学。 1918(大正7)9:卓上ピアノを買ってもらう。3年からの担任遠藤…

1964年10月のN響演奏会

片山杜秀さんのNHK-FM「クラシックの迷宮」、ニッポニカ第37回演奏会の曲目が2曲も取り上げられます。その入野作品、三善作品、そして武満徹「テクスチュアズ」は、1964年10月に4回にわたって開催された「オリンピック東京大会協賛芸術展示 NHK交響楽団特別…

作曲家・古関裕而のバック音楽集

片山杜秀さんの「クラシックの迷宮」で古関裕而が取り上げられました。「バック音楽」とは、放送と放送の間に流される音楽です。3月28日土曜 NHKFM 午後9時05分~ 午後10時05分 ▽作曲家・古関裕而のバック音楽集~NHKアーカイブスから~ 楽曲 「スポー…

ニッポニカ第37回演奏会「1964年前後・東京オリンピックの時代」

第37回演奏会オーケストラ・ニッポニカ第37回演奏会 1964年前後・東京オリンピックの時代 2020年6月21日(日)14:30開演 紀尾井ホール(延期になりました) 2021年3月21日(日)14:30開演 紀尾井ホール 古関裕而:オリンピックマーチ (1963)管弦楽原典版 入…

ニッポニカ第36回プログラム 第36回演奏会のプログラム冊子の内容です。 日本バレエ・舞踊史における1950年 : オーケストラ・ニッポニカ第36回演奏会 オーケストラ・ニッポニカ, 2020.2.23 15p ; 30cm 注記: 演奏会プログラム ; 日時・会場: 2020年2月23日…

ペトルーシュカ日本初演プログラム

ペトルーシュカ日本初演プログラム ディアギレフのバレエ・リュスが1911年に初演した『ペトルーシュカ』は、1944年に上海バレエ・リュスで東洋初演されました。ペトルーシュカを踊ったのは小牧正英。彼は1946年に帰国後小牧バレエ団を立ち上げ、1950年に『ペ…

芳賀直子『バレエ・リュス その魅力の全て』

芳賀直子『バレエ・リュス その魅力のすべて』 1909年から1929年まで存在した「バレエ・リュス」について、全体像と個々の作品、関わった人々、解散後の歩み、など多面的なアプローチで紹介した著作。ディアギレフの誕生からバレエ・リュス解散までの詳細な…

『魅惑のコスチューム:バレエ・リュス展』図録

「魅惑のコスチューム:バレエ・リュス展」図録 2014年に国立新美術館で開催された、バレエ・リュスのコスチューム展の図録。1909年から1929年まで活動したバレエ・リュスでは、上演した演目のコスチュームを大量に所蔵していた。解散した後そのコスチューム…

大田黒元雄『露西亜舞踊』(1917年版)

ディアギレフが主宰したバレエ・リュスの概要を紹介した、大田黒元雄(1893-1979)の最初の著作。特定の劇場に所属しない舞踊団である「バレエ・リュス Ballets russes」は、当時の日本では直訳の「露西亜舞踊」と呼ばれていたと考えられる。大田黒は1912年…

大田黒元雄『露西亜舞踊』(1926年版)

ディアギレフが主宰したバレエ・リュスの概要を紹介した、大田黒元雄(1893-1979)の著作。書名の「露西亜舞踊」は普通名詞でなく、「バレエ・リュス」そのものを指している。バレエ・リュスは1909年から1929年まで、パリを中心に公演を重ねたバレエ団だが、…

井口淳子『亡命者たちの上海楽壇』

井上淳子『亡命者たちの上海楽壇』 上海に設置された外国人居留地である上海租界には、1920年代ごろからロシア革命を逃れた白系ロシア人やユダヤ人が大勢住みつき、欧米の最先端の芸術文化が紹介されていた。その実態は長らく謎に包まれていたが、この本の著…

藤野幸雄『春の祭典:ロシア・バレー団の人々』

藤野幸雄『春の祭典:ロシア・バレー団の人々』 1909年興行主ジァーギレフ(ディアギレフ)によって始められ、1929年の彼の死によって解散したロシア・バレー団(バレエ・リュス)の足跡を、関わった複数の人々の伝記によって浮かび上がらせた書籍。前史とし…