ニッポニカ・ビオラ弾きのブログ

芥川也寸志メモリアル オーケストラ・ニッポニカのビオラ弾きのブログです

林光『八月の正午に太陽は…』歌詞の解釈

林光『第三交響曲《八月の正午に太陽は…》

林光の第三交響曲『八月の正午に太陽は…』という曲名は、中国の現代詩人ペイタオ(北島)の『八月の夢遊病者』という詩にある、「八月の正午に太陽は無く」から採られています。この「八月」は、文化大革命終結宣言が出された特別な月である1977年8月を指します。1949年生まれのペイタオは少年期に文化大革命が始まり、学校をやめて工場労働者となりました。最初のうちは熱心な紅衛兵として行動しましたが、1970年から詩を書き始め、心の中の思いをそれに込めていきました。

曲の第三楽章では、ペイタオの詩「回答」の日本語訳を林光が自由に翻案したものが使われています。

氷河期は過ぎ去ったのに
なぜ どこもかしこも氷なのか
岬は希望と名付けられたのに
死海には なぜ千の帆が競うのか


この世界にただ紙と縄と
私の影をたずさえてやってきた
審判の前に
裁かれる者の声を読みあげるために


低劣は低劣な者どもの通行証
高潔は高潔な者たちの墓碑銘
見よ あのメッキした空を
さかさまにうつる影 折れ曲がった死者たち


わたしは信じない 空が青いことを
わたしは信じない 雷のとどろきを
わたしは信じない 夢が嘘だということを
わたしは信じない 報いのない死など


出典:作曲家の個展'90 林光:サントリー音楽財団コンサート」プログラム(サントリー音楽財団、1990.10.23)

日本語は平易でも内容は難解なので、以下に文献で調べた上での私の解釈を記しておきます。

【歌詞の解釈】()内は小節番号と歌い出し

(85~ 氷河期は~)
中国建国から30年たち平穏な社会ができたはずなのに
なぜいたるところに氷があるのか
次の時代を明示する喜望峰は発見されたのに
なぜ数多の船が死海で競うのか

(117~ この世界に~)
詩人は表現のための「紙」と自分を縛る「縄」と
自分の「影」のみをたずさえてきた
裁かれる前に
未来へ向けた詩人の叫びを吐き出すために

(195~ 低劣は~)
権力に追随する低劣で
高尚な者たちは
空に影でうつる死者たちを
「金メッキ」で隠している

(249~ わたしは信じない)
為政者が声高に唱えた「空が青い」
「雷のとどろき」など空疎な言葉は信じない
夢のために命をかけた犠牲者の
行為を肯定し追悼する

■参考文献

  • 林光『林光の音楽』(小学館、2008)p43-44
  • 財部鳥子訳『億万のかがやく太陽:中国現代詩集』(書肆山田、1988)p18-19
  • 山田敬三「北島の「回答」を読む」『季刊中国研究』(20), 1991.5, p139-142
  • 浅見洋二「男の子がひとり、境界の河を越えて送信する、詩:北島の詩をめぐる断章」『現代中国詩集』 思潮社、1996, p118-119

■参考記事

■変更履歴

  • 2023.11.11: 歌詞を追加