ニッポニカ・ビオラ弾きのブログ

芥川也寸志メモリアル オーケストラ・ニッポニカのビオラ弾きのブログです

藤家溪子『思いだす ひとびとのしぐさを』

藤家溪子『思いだす ひとびとのしぐさを』CD

ニッポニカ第41回演奏会で取り上げる藤家溪子作曲『思いだす ひとびとのしぐさを』は、チリの詩人ガブリエラ・ミストラルの「Beber」(ベベール=飲む、という意味のスペイン語)という詩を題材にしています。ミストラル中南米で初めてのノーベル文学賞を1945年に受賞した詩人で、教師として、又外交官として国内外で活躍しました。詩「飲む」は1938年に出版した詩集『タラ(平原の意味)』に所収されていて、チリをはじめとした中南米の風土とそこに生きる人々の姿が描かれています。詩の最初と最後の連を引用します。アコンカグア山は、チリとアルゼンチン国境にある南米最高峰です。

「飲む」
思いだす ひとびとのしぐさを、水をわたしにあたえようとしたしぐさを。


アコンカグア山がはじまる、
リオ・ブランコ溪谷で、
ようやく水が飲めることになったので、
長髪のように 激しく落ち
硬く 白く 砕けちっている
滝壺にとびおりた。
ぐらぐらと煮えたぎる水に口をつけると、
聖なる水はわたしを焦がして、
三日間 わたしの口は血を滲ませた
アコンカグア山のあのひと啜りで。


(中略)


わたしが幼い日々をすごした家では
母が水を運んできた。
ひと口ごとに
水甕のうえに母が見えた。
母の頭が高くなるにつれて
水甕の水は低くなった。
いまも わたしにはある 故郷のあの谷間と、
わたしの喉の乾きと 母のまなざしが。
かつてそうあったように わたしたちは いまあり
それは永遠につづくのだ。


思いだす ひとびとのしぐさを、水をわたしにあたえようとしたしぐさを。

(出典:田村さと子編訳 『ガブリエラ・ミストラル詩集』小沢書店、1993年11月, p93-96)

藤家の曲は女性として初めて尾高賞を1995年に受賞しました。受賞を伝える雑誌記事で藤家は、自作について次のように語っています。「(ミストラルの)詩の、実にカラフルな展開のしかた! そう長くはない詩なのだが、その中で熱気と冷気、潤いと渇き、壮大な、または繊細な世界が見事なスピードでぐるぐると回転していく。曲のほうもそういうスタイルを踏襲しているとよいのだが……。夢想と集中力、表面的なことへの無頓着さと直観的ひらめきを調和させていくことを作曲の課題とした。」
(出典:『フィルハーモニー』67巻4号 1995年4月 p38-39)
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2258991

写真はこの曲が入っているCD「21世紀へのメッセージ Vol.2」POCG-1860。演奏は岩城宏之指揮、オーケストラ・アンサンブル金沢。解説:楢崎洋子。この曲は岩城宏之委嘱。