ニッポニカ・ビオラ弾きのブログ

芥川也寸志メモリアル オーケストラ・ニッポニカのビオラ弾きのブログです

菅原明朗と深井史郎(その1)

 『菅原明朗 : 日本の交響作品展 5 』のプログラムに掲載されていた秋山邦晴さんのインタビューの中から、深井史郎に関するところを抜粋します。なお全文はニッポニカ「菅原明朗とその周辺」の演奏会プログラムに転載されています。

弟子としての深井史郎ほか
(前略)
 かれは驚くべき頭のよさでした。ひとつの例ですが、四月にぼくのところへやってきて作曲をついたんです。初めに、ぼくは「君、音楽をやるのなら、イタリア語かフランス語をやらないと駄目だよ」といったんです。かれは鹿児島の第七高校を出ていますから、英語とドイツ語はできました。ところが夏休み帰郷して、九月にでてきたときには、音楽のテオリーの書物は、もうだいたい読めるくらいになっていました。すべての面に、この悧巧さが大きな問題でした。そしてかれが目ざめていったのは、結局、フランス、イタリアのラテン系の音楽でした。それでいて、かれ自身はゲルマン的な知性が働きすぎた。それが悲劇ですね。