大木惇夫(おおき・あつお、1895-1977)の自伝小説『緑地ありや』(大日本雄弁会講談社、1957)は、雑誌に13回にわたり連載されたものです。その内容をすこしずつご紹介します。
大木惇夫(作中では薫一)は明治時代末期に広島に生まれました。両親と5人の弟妹のいる生家は貧しく、文学を志しながらも商業学校へ通っていました。北原白秋や三木露風の詩に親しみ、貸本屋で夏目漱石の小説『虞美人草』を借りて読みます。感想を余白に書き込んだところ、それを次に借りて読んだ女性と知り合うことになります。大木17歳、慶子(作中では恵子)19歳でした。運命の出会いを詩にうたっています。
憧(あくが)れのこころ
みたすすべなし、
いたづらに枇杷の花咲き
みぞれ降れり。
― 断章二