ニッポニカ・ビオラ弾きのブログ

芥川也寸志メモリアル オーケストラ・ニッポニカのビオラ弾きのブログです

キュテレイア島カドリーユ

 某オーケストラの来週の本番に向けての練習の中に、ヨハン・シュトラウスII世作曲の『キュテレイア島カドリーユ』(Cytheren-Quadrille, Op.6)がありました。解説によると「キュテレイア島はエーゲ海に浮かぶ島で、ヴィーナスが流れ着いたところ」だそうです。カドリーユとは「18世紀末から19世紀初期にかけてフランスに起り、のちにイギリスやドイツでも流行した舞曲。6/8拍子と2/4拍子の交代からなり、音楽は流行歌やオペラのアリアからとられた」(新音楽事典 楽語.音楽之友社、1977)とのこと。優雅な音楽で、本番では踊りも披露されるので、今日はその練習もありました。
 カドリーユと聞くと、トーマス・マンの短編『トニオ・クレーゲル』を思い出します。トニオは憧れのインゲ・ホルムとダンスの時間にカドリーユを踊ることになりますが、不器用なトニオは大失敗をして引き下がるしかありませんでした。彼はそっと部屋を抜け出します。

 ほんとうなら、彼女は当然ここへ来てくれてもいいのだ。ぼくがいなくなったのに気がついて、ぼくのことを心配して、こっそりついて来てくれてもいいのだ。ただの同情からでもいい。(中略)トニオは背後の気配に聞き耳をたてて、インゲが来るかもしれぬと愚かしい緊張のうちに待ちうけた。しかし、彼女は来るはずがなかった。この世ではそのようなことはおこらぬのである。

出典:トニオ・クレーガー;ヴェニスに死す / トーマス・マン著;野島正城訳 講談社, 1971 p30-31 WebcatPlus

 『トニオ・クレーガー』(1903)と『ヴェニスに死す』(1912)はトーマス・マン(Thomas Mann, 1875-1955)の短編の代表作です。妻カーチャの双子の兄で音楽家のクラウス・プリングスハイム(Klaus Pringsheim, 1883-1972)は、マーラーのもとでウィーン宮廷歌劇場の副指揮者を務め、1931年に来日して多くの日本人音楽家を育てました。山田一雄先生もその一人でした。