ニッポニカ・ビオラ弾きのブログ

芥川也寸志メモリアル オーケストラ・ニッポニカのビオラ弾きのブログです

タンスマン『古い様式の組曲』

第35回演奏会では松平頼則『ピアノと管弦楽のための主題と変奏』のソロを弾かれた秋山友貴さんが、アンコールにタンスマンの『古い様式の組曲』から第2曲『サラバンド』を演奏されました。典雅な響きに会場の全員が耳を傾けたものです。
タンスマン協会のサイトにでている作品目録をみると、この曲の詳細が載っていました。全部で6曲からなる組曲でした。

Suite dans le style ancien (1929)
I. Entrée - II. Sarabande - III. Gavotte - IV. Choral fugué - V. Aria - VI. Toccata.
演奏時間:14分
初演:1929年11月7日 ブリュッセル 音楽院ホール アレクサンドル・タンスマン(ピアノ)
出版:Max Eschig
注記:I, II, V, IV は管弦楽版あり

管弦楽版があるというのは興味をひかれます。またタンスマンの来日公演プログラムをみていたら、この組曲を一番最初に取り上げていました。邦題は『古典的組曲』となっていました。

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タンスマン来日演奏会プログラムより
プログラムを再掲します。

■アレキサンダア・タンスマン演奏会 [1]
1933年3月19日(日)午後7時 仁壽講堂 主催:音樂同好会
賛助出演 提琴 林龍作氏

1. Piano solo
Suite dans la style ancien
2. Sonata for violin and piano
<Intermission>
3. Piano solos
 a) 6 mazurkas
b) 4 impromptus
c) Sonatine transatlantique
d) Largo and scherzo from the Symphony in A-minor  (ラルゴーとスケルツォ 交響曲[第2番]イ短調より)

www.alexandre-tansman.com

  • タンスマン来日公演の内容

タンスマン来日公演の内容 - ニッポニカ・ビオラ弾きのブログ

タンスマンの世界演奏旅行

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Tansman 「Le Tour du monde en miniature (1933)」

1933年に来日したタンスマンは、世界をめぐる演奏旅行の途中でした。全体の旅程を知りたいと思いましたが、資料が見つかりませんでした。ところが今日タンスマン協会サイトの作品目録を眺めていたところ、ピアノ曲の中に「Le Tour du monde en miniature (1933)」(ミニチュア世界旅行)というのを発見。1933年の旅行はまさに来日時のそれです。この曲は次の15の部分から成り立っており、演奏した土地を題材に作曲したものと思われます。タイトルの拙訳です。

ピアノ曲
ミニチュア世界旅行(1933)
15枚のトラベルシート

  1. カリフォルニア州ハリウッドのココナッツ園(米国)
  2. ホノルルのワイキキビーチ(ハワイ)
  3. 日光の悲歌(日本)
  4. 上海の鳥市場(中国)
  5. 香港の寺院の鐘
  6. フィリピン諸島
  7. シンガポールの蛇使い
  8. ペナンのジャングルの猿
  9. バンドンの森の竹笛(ジャワ)
  10. バリのガムラン(ワヤン―影絵芝居)
  11. セイロンの白い象
  12. ボンベイの爆竹塔
  13. ナイル川の夜
  14. プエルト・デ・ソレル(バレアレス諸島
  15. ナポリ

演奏時間:22分
初演:1934年ロンドン、BBC、アレクサンドル・タンスマン(ピアノ)
出版:M.Eschig
管弦楽版あり

日本の所は「日光の悲歌」としました。元のフランス語は「Complainte de Nikko」で、おそらく日光東照宮徳川家康墓所であることから哀悼の意を表したのでは、と類推します。タンスマンは徳川家から日本刀を寄贈されていますので、家康のことも聞き及んだのではないでしょうか。そして滞在中に日光へ小旅行したものと思われます。どんな曲か聞いてみたいものです(小川典子さんの録音が出ています)。説明書きの最後に「管弦楽版あり」となっていたので、管弦楽曲の項目も見てみました。

管弦楽曲
ミニチュア世界旅行(1933)
15枚のトラベルシート(第1~10番のみ)
楽器編成:2 (aussi 2 picc)/1 (CA)/2(cl.b.)/1 - 2/1/0/0 - timb., perc., (trg., cymb., tom-tom, gong), glock., xyl., cél., pno - cordes
演奏時間:14分15秒
未初演、未出版、自筆譜がBnF(フランス国立図書館)にあり、ピアノ版あり。

こちらは未演奏なので、自筆譜を見てみたいものです。金管は薄いものの打楽器が充実していて、アジアの響きがするのでしょうか。

  • タンスマン協会サイトの作品目録(フランス語のみ)

www.alexandre-tansman.com

ニッポニカ第35回演奏会プログラム

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ニッポニカ第35回演奏会プログラム
 第35回演奏会のプログラム冊子の内容です。

タンスマンへの感謝と抉別 : オーケストラ・ニッポニカ第35回演奏会
 オーケストラ・ニッポニカ, 2019.7.21
 15p ; 30cm
 注記: 演奏会プログラム ; 日時・会場: 2019年7月21日(日)・紀尾井ホール(東京) ; 主催: 芥川也寸志メモリアルオーケストラニッポニカ ; 助成: 芸術文化振興基金, 朝日新聞文化財団, 花王芸術・科学財団 ; 協力: Les amis d'Alexandre Tansman (アレクサンドル・タンスマン協会) ; 認定: 企業メセナ協議会 ; アーカイヴ協力: 東京音楽大学付属図書館

プログラム:

出演:野平一郎(指揮), 秋山友貴(ピアノ), オーケストラ・ニッポニカ(管弦楽

内容:

プログラム …2
Profile: 野平一郎, 秋山友貴, 高木和弘(コンサートマスター) …3
松平先生のこと / 野平一郎 …4
タンスマン協会メッセージ …4
Program Note / 奥平一 …5

  • 演奏会のプログラミングについて …5
  • 演奏曲目について …5
  • 松平頼則の略歴 …8
  • A.タンスマンの略歴 …9
  • 模倣と下敷き ~松平頼則の場合~ …9

アレクサンドル・タンスマン略歴 / 門倉百合子訳 …11

東京音楽大学付属図書館ニッポニカ・アーカイヴ …12
[広告とニッポニカ案内]…13
Sasaya Music Europe/ニッポニカ演奏会ライヴCDご案内
応援団/ニッポニカ・フレンズ/第34回スキトオリメ御礼/出演者名簿ほか

【別添資料】
タンスマン書誌:日本語文献に現れたタンスマン情報の変遷(1933~2018) / 門倉百合子編

タンスマンが観た歌舞伎

1933年に来日したタンスマンは、歌舞伎座で観劇をしています。この時期の歌舞伎座の演目は下記の通りです。

歌舞伎座 昭和8年(1933)3月1日~25日

尾上菊五郎中村吉右衛門両座合同大歌舞伎
午後4時開演 初日、2日目午後3時開演

  • 一番目『時今也桔梗旗揚』二幕
  • 中幕『妹背山婦女庭訓三笠山御殿一幕
  • 岡村柿紅作、新古典劇十種の内『身替座禅常磐津松尾太夫社中・長唄連中 松永和風出勤
  • 二番目 河竹黙阿弥作『梅雨小袖昔八丈』三幕

[配役]四天王寺但馬守・蘇我入鹿・杉酒屋娘お三輪・山陰右京・髪結新三=菊五郎、奥方玉の井・車力善八=三津五郎、武智光秀・漁師鱗七実は金輪五郎・弥田五郎源七=吉右衛門 (以下略)

歌舞伎座 昭和8年(1933)3月28日~29日

日本舞踊協会第5回公演 午後3時開演

歌舞伎座 昭和8年(1933)4月1日~25日

花見月吉例大歌舞伎
午後4時開演 初日、2日目午後3時開演

  • 一番目 松居松翁作・舞台監督『岩倉具視』二幕 小村雪岱舞台装置 初演
  • 歌舞伎十八番の内『助六由縁江戸桜』河東節十寸見会御連中
  • 中幕『式三番叟長唄囃子連中 松永和風出演、小山雪岱舞台装置
  • 二番目『与話情浮名横櫛』<源氏店>一幕
  • 大喜利戻駕色相肩常磐津松尾太夫社中

[配役]桂小五郎・向疵の与三郎=羽左衛門、三浦屋揚巻・くわんぺら門兵衛・三番叟・蝙蝠安=菊五郎、岩倉の下男与三・朝顔仙平・千歳・禿たより=三津五郎 (以下略)


〔出典:『歌舞伎座百年史. 資料編』(松竹 ; 歌舞伎座 : 1995)p220-221〕

なお日時は不明ですが、この時期にタンスマンが、七世坂東三津五郎(歌舞伎)、二世若柳吉蔵(日本舞踊)らと記念撮影した写真*があります。三津五郎歌舞伎座に出演していましたので、その関係者とタンスマンが懇親する機会があったと思われます。

*「アレクサンドル・タンスマンの世界III ピアノ独奏・連弾・2台ピアノ」(演奏会プログラム)[グループPCC]2004.4.7

現代世界音楽家叢書

タンスマンが来日した1933年に、『現代世界音楽家叢書』が刊行されています。
第4巻がタンスマンで、全体は下記のとおりです。各巻は50ページほどの小冊子ですが、イタリア(レスピーギ、カッセラ、マリピエロ)、オーストリアシェーンベルク)、ロシア(ストラヴィンスキー)、ポーランド(タンスマン)、フランス(ドビュッシー)、ドイツ(R.シュトラウス)、ブラジル(ヴィラ・ロボス)、アメリカ(ホワイトマン)という取り上げ方は、この1933年という時代を考えると驚きです。すべてNDLデジタルコレクションに入っています。

現代世界音楽家叢書
東京 : 普及書房, 1933.06

  1. レスピーギ / 天野 秀延
  2. シェーンベルヒ / 小泉 洽
  3. ストラヴィンスキイ / 深井 史郎
  4. タンスマン / 倉重 瞬輔
  5. カゼルラ / 三潴 末松
  6. ドビュッシイ / 藤木 義輔
  7. シュトラウス / 山根 銀二
  8. マリピエロ / 天野 秀延
  9. ヴィラ・ロボス / 伊藤 昇
  10. ホワイトマン / 大井 蛇津郎

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1171812

執筆者の顔ぶれは次の通りで、評論家の三潴末松が全体をとりまとめています。

  • 天野 秀延(あまの・ひでのぶ, 1905-1982)作曲家、音楽学
  • 小泉 洽(こいずみ・ひろし, 1894-1971)評論家
  • 深井 史郎(ふかい・しろう, 1907-1959)作曲家
  • 倉重 瞬輔(くらしげ・しゅんすけ, 1905-2000)作曲家、フランス文化を識る会代表
  • 三潴 末松(みつま・すえまつ)評論家
  • 藤木 義輔(ふじき・よしすけ, 1894-)評論家、『音楽新潮』編集部員
  • 山根 銀二(やまね・ぎんじ, 1906-1982)評論家
  • 伊藤 昇(いとう・のぼる, 1903-1993)作曲家
  • 大井 蛇津郎(おおい・たつろう, 1904-1957, 本名:野川香文)ジャズ評論


■参考文献

  • 日本の作曲家:近現代音楽人名事典(日外アソシエーツ、2008)
  • 『戦前の作曲家たち:ドキュメンタリー新興作曲家連盟:1930-1940』国立音楽大学附属図書館, 1990

タンスマン歓迎レセプション

1933年アレクサンドル・タンスマンの来日中、3月22日午後6時から新興作曲家連盟主催の歓迎レセプションが開かれました。

新興作曲家連盟とは、作曲家箕作秋吉と小松平五郎の呼び掛けに応じて1930年に結成された作曲家グループで、現在の日本現代音楽協会の前身です。松平頼則もこれに加わっていました。

「タンスマン氏に音楽を聴く」と題した雑誌『音楽評論』の記事には、レセプションの模様が記載されています。それによると、概要は次の通りでした。

  • 出席者:タンスマン、高野、大田黒元雄、塩入亀輔清瀬保二、古岡[古関]裕而、伊藤昇、橋本國彦、吉田たか子、大木正夫、鯨井孝、山本栄、守田正義、松平頼則、太田忠、箕作秋吉、諸氏。
  • 会食後、来会者のリクエストに応じタンスマンは「Sonata rustica」「マヅルカ」を演奏し、曲の構成、ハーモニー、ソナタ発展部の特異性、リズムなどについて詳細な解説を加えた。
  • 大田黒元雄の歓迎の辞、タンスマンの答辞

ニッポニカ第35回演奏会のチラシ裏に載っている写真はこの時のもので、写っているのは後列左から、一人おいて守田正義、山本栄、鯨井孝、大田黒元雄、大木正夫、吉田隆子、橋本國彦、伊藤昇、古関裕而清瀬保二。前列左から松平頼則塩入亀輔、タンスマン、太田忠、箕作秋吉。鯨井はバリトン、大田黒、塩入は評論家。このように連盟には演奏家や評論家も参加していました。

連盟の記録には、レセプションの会場が「中央亭」と書かれています。この中央亭は、1899年に建設された丸ノ内三菱八号館のテナントに入っていた、宮内庁御用達のフランス料理レストランと考えられます。三菱財閥岩崎弥之助パトロンで、創業者は渡辺鎌吉。店名は当時計画されていた東京中央停車場(東京駅)に因んだとのこと。

参考

  • タンスマン氏に音樂を聴く / 編輯部(音楽評論 創刊号、1933年4月、p83-85)
  • 『戦前の作曲家たち:ドキュメンタリー新興作曲家連盟:1930-1940』国立音楽大学附属図書館, 1990

タンスマン来日公演の内容

作曲家・ピアニストのアレクサンドル・タンスマン(1897-1986)は1933年3月に来日した際、3回の演奏会などで自作をピアノで演奏しています。そのプログラムは下記のとおりです。

■アレキサンダア・タンスマン演奏会 [1]

1933年3月19日(日)午後7時 仁壽講堂 主催:音樂同好会
賛助出演 提琴 林龍作氏

1. Piano solo
Suite dans la style ancien
2. Sonata for violin and piano
<Intermission>
3. Piano solos
 a) 6 mazurkas
b) 4 impromptus
c) Sonatine transatlantique
d) Largo and scherzo from the Symphony in A-minor  (ラルゴーとスケルツォ 交響曲イ短調より)

■アレキサンダア・タンスマン演奏会 [2]

1933年3月21日(火)午後7時 仁壽講堂 主催:音樂同好会
賛助出演 フリュウト 岡村雅雄氏

1. Sonata for piano no. 2
2. Sonatine for flute and piano
<Intermission>
3. Piano solo
 a) Arabesques
b) Tempo Americano
c) Intermezzi
d) 4 danses Polonaises

(以上、演奏会プログラムより抽出)

この2回の演奏会のプログラムは、同一の用紙に刷り込まれていました。箕作秋吉の演奏会評によると、アンコールとして第1夜には「4つのポーランド舞曲より ドゥムカ、ポルカ」が、第2夜には「マズルカ交響曲[第2番]イ短調よりスケルツォ」が演奏されたそうです。交響曲イ短調の一部がピアノ版で2回も演奏されたことになります。

会場の仁壽(じんじゅ)講堂は現在の東京都千代田区内幸町にあった、仁壽生命保険株式会社の講堂です。1930年代に音楽や舞踊などの公演に使われていたという記録があります。

■ラジオ放送

1933年3月24日午後8時 JOAKスタジオ(東京)から生放送
ピアノ独奏:アレキサンダー・タンスマン
管弦楽:新交響楽団
指揮:ニコライ・シフェルブラット

1. ピアノ協奏曲第2番 (1927)
2. 4つのポーランド舞曲 (1931 管弦楽版)

これは『朝日新聞』1933年3月24日の記事と、『タンスマンとギター』(現代ギター33巻12号、1999年12月臨時増刊、p34)からの抜粋です。この年の9月に新交響楽団N響の前身)は、シフェルブラット指揮でタンスマンの『交響曲イ短調』を日本初演しています。

■タンスマン告別演奏会

3月31日午後7時 日比谷公会堂 
1. ヴァイオリンとピアノのための幻想曲風ソナタ (1924) (Vnモギレフスキー)
2. ソナチネ・トランスアトランティック (1930) (Pf独奏)
3. 8つの日本の歌より6曲 (1918) (Sop荻野綾子)
4. アンドレ・スピラの詩による2つの歌 (1925) (Sop荻野綾子)
5. ヴァイオリンとピアノのための5つの小品 (1930) よりアリア、バッソ・オスティナート (Vnモギレフスキー)
6. ピアノ独奏5曲 (即興曲マズルカ)

これも前出『タンスマンとギター』からの抜粋です。『8つの日本の歌』は3月24日にSop荻野綾子、Pfタンスマンで録音が行われています。

参考