ニッポニカ・ビオラ弾きのブログ

芥川也寸志メモリアル オーケストラ・ニッポニカのビオラ弾きのブログです

タンスマンが観た歌舞伎

1933年に来日したタンスマンは、歌舞伎座で観劇をしています。この時期の歌舞伎座の演目は下記の通りです。

歌舞伎座 昭和8年(1933)3月1日~25日

尾上菊五郎中村吉右衛門両座合同大歌舞伎
午後4時開演 初日、2日目午後3時開演

  • 一番目『時今也桔梗旗揚』二幕
  • 中幕『妹背山婦女庭訓三笠山御殿一幕
  • 岡村柿紅作、新古典劇十種の内『身替座禅常磐津松尾太夫社中・長唄連中 松永和風出勤
  • 二番目 河竹黙阿弥作『梅雨小袖昔八丈』三幕

[配役]四天王寺但馬守・蘇我入鹿・杉酒屋娘お三輪・山陰右京・髪結新三=菊五郎、奥方玉の井・車力善八=三津五郎、武智光秀・漁師鱗七実は金輪五郎・弥田五郎源七=吉右衛門 (以下略)

歌舞伎座 昭和8年(1933)3月28日~29日

日本舞踊協会第5回公演 午後3時開演

歌舞伎座 昭和8年(1933)4月1日~25日

花見月吉例大歌舞伎
午後4時開演 初日、2日目午後3時開演

  • 一番目 松居松翁作・舞台監督『岩倉具視』二幕 小村雪岱舞台装置 初演
  • 歌舞伎十八番の内『助六由縁江戸桜』河東節十寸見会御連中
  • 中幕『式三番叟長唄囃子連中 松永和風出演、小山雪岱舞台装置
  • 二番目『与話情浮名横櫛』<源氏店>一幕
  • 大喜利戻駕色相肩常磐津松尾太夫社中

[配役]桂小五郎・向疵の与三郎=羽左衛門、三浦屋揚巻・くわんぺら門兵衛・三番叟・蝙蝠安=菊五郎、岩倉の下男与三・朝顔仙平・千歳・禿たより=三津五郎 (以下略)


〔出典:『歌舞伎座百年史. 資料編』(松竹 ; 歌舞伎座 : 1995)p220-221〕

なお日時は不明ですが、この時期にタンスマンが、七世坂東三津五郎(歌舞伎)、二世若柳吉蔵(日本舞踊)らと記念撮影した写真*があります。三津五郎歌舞伎座に出演していましたので、その関係者とタンスマンが懇親する機会があったと思われます。

*「アレクサンドル・タンスマンの世界III ピアノ独奏・連弾・2台ピアノ」(演奏会プログラム)[グループPCC]2004.4.7

現代世界音楽家叢書

タンスマンが来日した1933年に、『現代世界音楽家叢書』が刊行されています。
第4巻がタンスマンで、全体は下記のとおりです。各巻は50ページほどの小冊子ですが、イタリア(レスピーギ、カッセラ、マリピエロ)、オーストリアシェーンベルク)、ロシア(ストラヴィンスキー)、ポーランド(タンスマン)、フランス(ドビュッシー)、ドイツ(R.シュトラウス)、ブラジル(ヴィラ・ロボス)、アメリカ(ホワイトマン)という取り上げ方は、この1933年という時代を考えると驚きです。すべてNDLデジタルコレクションに入っています。

現代世界音楽家叢書
東京 : 普及書房, 1933.06

  1. レスピーギ / 天野 秀延
  2. シェーンベルヒ / 小泉 洽
  3. ストラヴィンスキイ / 深井 史郎
  4. タンスマン / 倉重 瞬輔
  5. カゼルラ / 三潴 末松
  6. ドビュッシイ / 藤木 義輔
  7. シュトラウス / 山根 銀二
  8. マリピエロ / 天野 秀延
  9. ヴィラ・ロボス / 伊藤 昇
  10. ホワイトマン / 大井 蛇津郎

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1171812

執筆者の顔ぶれは次の通りで、評論家の三潴末松が全体をとりまとめています。

  • 天野 秀延(あまの・ひでのぶ, 1905-1982)作曲家、音楽学
  • 小泉 洽(こいずみ・ひろし, 1894-1971)評論家
  • 深井 史郎(ふかい・しろう, 1907-1959)作曲家
  • 倉重 瞬輔(くらしげ・しゅんすけ, 1905-2000)作曲家、フランス文化を識る会代表
  • 三潴 末松(みつま・すえまつ)評論家
  • 藤木 義輔(ふじき・よしすけ, 1894-)評論家、『音楽新潮』編集部員
  • 山根 銀二(やまね・ぎんじ, 1906-1982)評論家
  • 伊藤 昇(いとう・のぼる, 1903-1993)作曲家
  • 大井 蛇津郎(おおい・たつろう, 1904-1957, 本名:野川香文)ジャズ評論


■参考文献

  • 日本の作曲家:近現代音楽人名事典(日外アソシエーツ、2008)
  • 『戦前の作曲家たち:ドキュメンタリー新興作曲家連盟:1930-1940』国立音楽大学附属図書館, 1990

タンスマン歓迎レセプション

1933年アレクサンドル・タンスマンの来日中、3月22日午後6時から新興作曲家連盟主催の歓迎レセプションが開かれました。

新興作曲家連盟とは、作曲家箕作秋吉と小松平五郎の呼び掛けに応じて1930年に結成された作曲家グループで、現在の日本現代音楽協会の前身です。松平頼則もこれに加わっていました。

「タンスマン氏に音楽を聴く」と題した雑誌『音楽評論』の記事には、レセプションの模様が記載されています。それによると、概要は次の通りでした。

  • 出席者:タンスマン、高野、大田黒元雄、塩入亀輔清瀬保二、古岡[古関]裕而、伊藤昇、橋本國彦、吉田たか子、大木正夫、鯨井孝、山本栄、守田正義、松平頼則、太田忠、箕作秋吉、諸氏。
  • 会食後、来会者のリクエストに応じタンスマンは「Sonata rustica」「マヅルカ」を演奏し、曲の構成、ハーモニー、ソナタ発展部の特異性、リズムなどについて詳細な解説を加えた。
  • 大田黒元雄の歓迎の辞、タンスマンの答辞

ニッポニカ第35回演奏会のチラシ裏に載っている写真はこの時のもので、写っているのは後列左から、一人おいて守田正義、山本栄、鯨井孝、大田黒元雄、大木正夫、吉田隆子、橋本國彦、伊藤昇、古関裕而清瀬保二。前列左から松平頼則塩入亀輔、タンスマン、太田忠、箕作秋吉。鯨井はバリトン、大田黒、塩入は評論家。このように連盟には演奏家や評論家も参加していました。

連盟の記録には、レセプションの会場が「中央亭」と書かれています。この中央亭は、1899年に建設された丸ノ内三菱八号館のテナントに入っていた、宮内庁御用達のフランス料理レストランと考えられます。三菱財閥岩崎弥之助パトロンで、創業者は渡辺鎌吉。店名は当時計画されていた東京中央停車場(東京駅)に因んだとのこと。

参考

  • タンスマン氏に音樂を聴く / 編輯部(音楽評論 創刊号、1933年4月、p83-85)
  • 『戦前の作曲家たち:ドキュメンタリー新興作曲家連盟:1930-1940』国立音楽大学附属図書館, 1990

タンスマン来日公演の内容

作曲家・ピアニストのアレクサンドル・タンスマン(1897-1986)は1933年3月に来日した際、3回の演奏会などで自作をピアノで演奏しています。そのプログラムは下記のとおりです。

■アレキサンダア・タンスマン演奏会 [1]

1933年3月19日(日)午後7時 仁壽講堂 主催:音樂同好会
賛助出演 提琴 林龍作氏

1. Piano solo
Suite dans la style ancien
2. Sonata for violin and piano
<Intermission>
3. Piano solos
 a) 6 mazurkas
b) 4 impromptus
c) Sonatine transatlantique
d) Largo and scherzo from the Symphony in A-minor  (ラルゴーとスケルツォ 交響曲イ短調より)

■アレキサンダア・タンスマン演奏会 [2]

1933年3月21日(火)午後7時 仁壽講堂 主催:音樂同好会
賛助出演 フリュウト 岡村雅雄氏

1. Sonata for piano no. 2
2. Sonatine for flute and piano
<Intermission>
3. Piano solo
 a) Arabesques
b) Tempo Americano
c) Intermezzi
d) 4 danses Polonaises

(以上、演奏会プログラムより抽出)

この2回の演奏会のプログラムは、同一の用紙に刷り込まれていました。箕作秋吉の演奏会評によると、アンコールとして第1夜には「4つのポーランド舞曲より ドゥムカ、ポルカ」が、第2夜には「マズルカ交響曲[第2番]イ短調よりスケルツォ」が演奏されたそうです。交響曲イ短調の一部がピアノ版で2回も演奏されたことになります。

会場の仁壽(じんじゅ)講堂は現在の東京都千代田区内幸町にあった、仁壽生命保険株式会社の講堂です。1930年代に音楽や舞踊などの公演に使われていたという記録があります。

■ラジオ放送

1933年3月24日午後8時 JOAKスタジオ(東京)から生放送
ピアノ独奏:アレキサンダー・タンスマン
管弦楽:新交響楽団
指揮:ニコライ・シフェルブラット

1. ピアノ協奏曲第2番 (1927)
2. 4つのポーランド舞曲 (1931 管弦楽版)

これは『朝日新聞』1933年3月24日の記事と、『タンスマンとギター』(現代ギター33巻12号、1999年12月臨時増刊、p34)からの抜粋です。この年の9月に新交響楽団N響の前身)は、シフェルブラット指揮でタンスマンの『交響曲イ短調』を日本初演しています。

■タンスマン告別演奏会

3月31日午後7時 日比谷公会堂 
1. ヴァイオリンとピアノのための幻想曲風ソナタ (1924) (Vnモギレフスキー)
2. ソナチネ・トランスアトランティック (1930) (Pf独奏)
3. 8つの日本の歌より6曲 (1918) (Sop荻野綾子)
4. アンドレ・スピラの詩による2つの歌 (1925) (Sop荻野綾子)
5. ヴァイオリンとピアノのための5つの小品 (1930) よりアリア、バッソ・オスティナート (Vnモギレフスキー)
6. ピアノ独奏5曲 (即興曲マズルカ)

これも前出『タンスマンとギター』からの抜粋です。『8つの日本の歌』は3月24日にSop荻野綾子、Pfタンスマンで録音が行われています。

参考

タンスマン来日時のスケジュール

作曲家アレクサンドル・タンスマン(1897-1986)は1933年3月来日し、約2週間滞在しました。その時のスケジュールを調べてみました。(演奏会の詳細は別途掲載)

  • 3月17日午前7時 プレジデント・タフト号で横浜港着、10時 東京駅着、帝国ホテルへ
  • 3月18日午後 宮城道雄宅訪問、演奏を聴く
  • 3月19日午後7時 仁壽講堂 「タンスマン室内楽演奏会」(1)
  • 3月21日午後7時 仁壽講堂 「タンスマン室内楽演奏会」(2)
  • 3月22日 『8つの日本の歌』レコーディング (Sop荻野綾子) (日本ビクター HMV13290-B)
  • 3月24日午後8時 JOAKスタジオ(東京)から作品演奏を生放送

エピソード(演奏会以外)

  • 読売新聞の記事によると、タンスマンの作品を日本に紹介したのは「先年来朝したスペインの驚異的ギター奏者セゴヴィア」と、「宮内省音楽部の武井男(爵)が率いるオーケストラシンフォニカタケヰ」とのこと。
  • 3/18に訪問した宮城道雄宅では、タンスマンは琴と尺八による『六段』『春の海』などの演奏を聴き、楽譜を見て非常に感動したことが報じられている。「この曲はむしろ近代フランス音楽に近い。ほんとの日本音楽を聞くことが出来てこんなうれしい事はない。」
  • 朝日3/19には評論家牛山充氏の記事があり、タンスマンの略歴と作風を紹介している。そして「外見的にはラヴェルストラヴィンスキー等と一脈相通のものがあるが、それは期せざる一致で、その底にはショパンに源を有するポーランド精神が流れ、タンスマン独自のリリシズムが響いている」と結んでいる。
  • 日時は不明だが歌舞伎を鑑賞している。この時期の歌舞伎座の演目はこちら
  • この3月は3日に三陸地方大地震が発生、27日には日本が国際連盟から脱退、という月だった。

参考文献

  • 『読売新聞』1933年1月27日
  • 『東京朝日新聞』1933年3月13日、18日、19日、24日
  • 大脇礼三「来日したタンスマンと語る」(音楽世界 5巻4号)
  • 『タンスマンとギター』 (現代ギター 1999年12月臨時増刊)
  • 『戦前の作曲家たち:ドキュメンタリー新興作曲家連盟:1930-1940』国立音楽大学附属図書館, 1990

オーケストラ・ニッポニカ第35回演奏会:タンスマンへの感謝と抉別

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ニッポニカ第35回演奏会
ニッポニカ第35回演奏会のご案内です。

オーケストラ・ニッポニカ第35回演奏会《タンスマンへの感謝と抉別》
2019年7月21日(日)14:30開演 紀尾井ホール

指揮:野平 一郎
ピアノ:秋山 友貴*
管弦楽:オーケストラ・ニッポニカ
チケット:全席指定 S:3,000円/A:2,000円/U25席:1,000円

主催:芥川也寸志メモリアル オーケストラ・ニッポニカ
助成:芸術文化振興基金 芸術文化振興基金助成事業/朝日新聞文化財団/花王芸術・科学財団
協力:アレクサンドル・タンスマン協会(パリ)

http://www.nipponica.jp/

アレクサンドル・タンスマン(Alexandre Tansman, 1897-1986)はポーランド出身の作曲家で、のちにパリに出て欧米で活躍しました。1933年に来日し、日本の作曲家たちと交流しています。一方で松平頼則(まつだいら・よりつね、1907-2001)は新古典主義的な作風から出発し、戦後は十二音技法や雅楽に結び付いた作品を多く作曲しています。松平は当初タンスマンの音楽に傾倒していましたが、後にその影響から脱する宣言をしました。

指揮者野平一郎は、松平頼則のピアノ作品を数多く演奏しています。作曲家どおしのつながりを様々な側面からどうぞお楽しみください。

図書館員のための音楽知識

国立国会図書館の「図書館員向け遠隔研修」として、「図書館員のための音楽知識」が今月Youtubeで公開されました。基本的な音楽史や楽曲、楽器などの基礎知識を学ぶもので、「平成30年9月14日に行われた、甲田潤氏(東京音楽大学付属民族音楽研究所専任研究員)による図書館員のための音楽知識図書館員向けの講義をもとに作成」されています。全13の項目からなり、1から8が西洋音楽編、9から13が日本音楽編です。講義資料はPDFで公開されています。

図書館員のための音楽知識

https://www.ndl.go.jp/jp/library/training/remote/music_knowledge.html

1. 本講座の目標~西洋音楽編:中世 (10分)
2. 西洋音楽編:ルネサンスバロック(1)バロックの音楽に関する用語 (11分)
3. 西洋音楽編:バロック(2)ソナタ、オペラ、ヘンデル、バッハ (12分)
4. 西洋音楽編:古典派(1)古典派の音楽に関する用語 (11分)
5. 西洋音楽編:古典派(2)ハイドンモーツァルトベートーヴェン (6分)
6. 西洋音楽編:ロマン派(1)シューベルトヴァーグナー (19分)
7. 西洋音楽編:ロマン派(2)国民楽派 (6分)
8. 西洋音楽編:近・現代 (14分)
9. 日本音楽編:日本音楽史の系譜~古代 (15分)
10. 日本音楽編:中世 (9分)
11. 日本音楽編:近世(1)人形浄瑠璃 (7分)
12. 日本音楽編:近世(2)歌舞伎、三曲 (12分)
13. 日本音楽編:近現代 (10分)

講義資料(PDF: 1.29MB)