ニッポニカ・ビオラ弾きのブログ

芥川也寸志メモリアル オーケストラ・ニッポニカのビオラ弾きのブログです

草刈津三『私のオーケストラ史』

 ストコフスキーの来日公演を調べるのに図書館から借りた『私のオーケストラ史』でしたが、内容が興味深いので全部読んでしまいました。巻末にある著者の草刈津三さんのプロフィルも載せておきます。天津うまれなので津は「しん」と読むそうです。戦後の日本のオーケストラはこういう方に支えられていたのだと再認識しました。2004年に亡くなられたそうですが、翌2005年には渡邉暁雄音楽基金特別賞を受賞されていました。写真は1968年ごろの筆者(p209より)。

著者紹介 草刈津三(くさかり しんぞう)
1926年、中国・天津生まれ。
武蔵野音楽大学に学び、47年から東宝交響楽団(現・東京交響楽団)のヴィオラ奏者として活躍、その後音楽プロデューサーに転じた。文化放送が開局すると56年には故・渡邉暁雄と共に日本フィルハーモニー交響楽団の創立に参画。その後、黄金時代を築いた。70年には東京都交響楽団の楽団主幹に就任し、77年の旧ソ連、東欧に日本のオーケストラとして初めての演奏旅行を成功させた。84年から作陽音楽大学教授に就任。87年から(社)日本演奏連盟事務局長となり、98年からは常任理事。日本オーケストラ連盟、日本室内楽振興財団、アフィニス文化財団を始め、多数の音楽・文化団体の役員を兼務している。

私のオーケストラ史:回想と証言 / 草刈津三
  デュオ・ジャパン, 2004
  319p ; 19cm
  制作: 音楽之友社
  内容:
序章
(1)米軍キャンプの音楽…3
(2)アーニーパイル劇場…13
第1章 宝響から東響へ
(1)東宝交響楽団の創立と東宝音楽協会…20
(2)近衛秀麿の宝響常任指揮者就任…27
(3)戦後初のベートーヴェン・チクルス…31
(4)近衛「日劇定期」と上田「日比谷定期」…36
(5)帝劇オペラの盛況…42
(6)東宝争議の影響:東宝音楽協会の解散、東響の改組発足…51
第2章 民間放送の発足
(1)地方オーケストラの萌芽…56
(2)民間放送の認可とオーケストラ経営…60
(3)日本フィル創立秘話:渡邉暁雄との出会い…66
(4)初来日した「シンフォニー・オブ・ジ・エア」のパワー…72
第3章 日本フィル創設へ
(1)日本フィルの創立…80
(2)日本フィル初期の演奏会…87
(3)「ペレアスとメリザンド」の日本初演、委嘱新作「日本フィル・シリーズ」…95
(4)日本フィル初期のメディア活動、アメリカCRIレコードの録音…104
第4章 小澤事件と読響創立
(1)日本フィル初期の若い指揮者たち…114
(2)若きヒーロー小澤征爾の登場、N響=小澤事件の顛末…123
(3)楽員の海外派遣と日本フィル北米演奏旅行…131
(4)読売日響の創立と日本フィルの試練…142
第5章 日本フィル初期の外来客演指揮者
(1)イーゴリ・マルケヴィッチ…150
(2)シャルル・ミュンシュ…155
(3)レオポルド・ストコフスキー、ただ一度の来日…159
(4)ペーター・マーク、パウル・クレツキ…170
第6章 東響の危機
(1)東響、突然の専属契約打ち切り…178
(2)地方オーケストラの設立ラッシュ…185
(3)日本フィル、渡邉暁雄の退任…192
(4)渡邉暁雄の最後の定期と新生小澤=日本フィル…200
(5)「クラシックの危機を考える会」…206
第7章 都響の躍進と日本フィル分裂
(1)レコード制作、大阪万博のことなど…214
(2)都響事務局入団…220
(3)森正から渡邉暁雄へ:都響の再出発…227
(4)渡邉時代の象徴だった都響マーラー・チクルス…234
(5)都響の問題点:音楽教室、練習所…240
(6)日本フィル分裂、新日本フィル誕生…247
第8章 都響と外来指揮者たち
(1)多彩な客演指揮者、とペンデレツキの自作自演…256
(2)都響の成熟に影響を与えた外来客演指揮者たち…263
(3)都響の東ヨーロッパ演奏旅行…278
第9章 オーケストラ新世代へ
(1)渡邉暁雄日本フィルに復帰、十年続いた日本フィル裁判…288
(2)若杉弘都響音楽監督に就任…295
(3)オーケストラ経営の公的支援…302

オーケストラ年表…310
あとがきにかえて:私の生いたち…313

『音楽現代』2000年7月号〜2003年9月号(芸術現代社)に連載された記事をもとにまとめたもの。
借りた図書館:文京区立真砂中央図書館