ニッポニカ・ビオラ弾きのブログ

芥川也寸志メモリアル オーケストラ・ニッポニカのビオラ弾きのブログです

伊藤昇『マドロスの悲哀への感覚』その2:『船と人』

 米窪太刀雄(満亮)は『海のロマンス』の次に『マドロスの悲哀』を書いたと思ったら、その前に『船と人』という著作がある事がわかりました。この本も先日古書店から入手しましたので、概要をご紹介します。
 米窪は『海のロマンス』出版の翌月にあたる1914年3月、商船学校から日本郵船の実習生(今のインターンか)として貨客船鹿島丸に乗りました。そして5か月に渡り欧州航路を経験し、その航海記を「船と人と」として再び朝日新聞に連載しました。ところがその中に日本郵船を批判する文章があったため、日本郵船から忌諱されてしまいました。米窪は帰港後に鹿島丸航海記を『船と人』として出版しますが、献辞はなんと日本郵船社長近藤廉平宛でした。そして航海記本文の後ろにこの本を近藤に献呈する理由として、鹿島丸に乗ることは大変な名誉であったが、その航海により船員生活が嫌いになったことを挙げています。更に「海員問題」として船員の仕事の過酷さ、待遇の悪さを挙げ、その改善方法を詳細に提案しているのです。つまりこの本は、日本郵船と近藤廉平宛ての公開質問状となっていて、海を愛する若者の一途な心持を読み取ることができます。そして航海中に知り合った東京美術学校教授の岩村透男爵が序文を、朝日新聞の薄井秀一が跋文を寄せ、米窪を支えています。また装幀や口絵には、岩村男爵や朝日新聞と縁のある朝倉文夫、名取春仙、宇和川通喩、岡本一平という名が連なっています。

米窪太刀雄『船と人』 (誠文堂書店、中興館書店、1914、426p)目次と主な内容
序 / 岩村男爵

  1. 海に住む人:乗船から香港まで、船内の様子の紹介
  2. 黒船物語:香港からシンガポールまで。問題の記事3件あり
  3. スエズを渡りて:地中海からジブラルタルを越え英国まで
  4. ロンドンプール:憧れのロンドンでの見聞
  5. 白耳義の回顧:ベルギーのアントワープブリュッセルワーテルロー見聞記
  6. 戦乱中の航海:航海中に勃発した第一次大戦の報と、帰国までの船内
  7. 此書を捧ぐる理由
      (1)鹿島丸を下船して:献呈の6つの理由
      (2)海員問題

海を恋する若き船人 / 薄井秀一

 この本も国立国会図書館のデジタルコレクションに収録されており、下記から本文を読むことができます。

 なお、序文を書いた岩村透男爵は、マルセイユで下船後パリを経てロンドンへ渡り、ルイージ・ルッソロの未来派音楽の演奏を聴いています。これについては別稿で触れる予定です。