ニッポニカ・ビオラ弾きのブログ

芥川也寸志メモリアル オーケストラ・ニッポニカのビオラ弾きのブログです

遠藤周作『名画・イエス巡礼』を読む

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遠藤周作『名画・イエス巡礼』文藝春秋、1981

ニッポニカ第38回で演奏する松村禎三ゲッセマネの夜』。ゲッセマネはイエスがユダの裏切りにより捉えられた場所です。仏教やヒンドゥー教に親しんでいた松村が、キリスト教のこの題材で作曲するに至ったのはどういう道筋があったのか考えていました。松村は1993年にオペラ『沈黙』を作曲しているので、その中にヒントがあるのではと、松村の言葉を追ってみました。

オペラ《沈黙》1993年
 私は生涯に一つはオペラを書いてみたいと長い間思い続けてきた。知人にすすめられ遠藤周作氏の小説『沈黙』を1972、3年ころに読み、二つの思いに駆られた。一つはこれが圧倒的に魅力的な題材であること、もう一つはキリスト者でない自分がこの題材を興味本位で扱うべきでない、ということ。
 1979年にサントリー音楽賞をもらい、翌年オペラの委嘱を受け、『沈黙』のオペラ化を決めた。持ち越して来た二つの課題に同時に直面することになった。この題材は、ポルトガルの若い司祭がキリシタン禁制の日本に潜入し、捕らえられて棄教する話で……遠藤氏の小説の中に、より深い神への思いがあるなら、私はそれに謙虚に向かい合わなくてはならないと思った。
(『松村禎三 作曲家の言葉』春秋社、2012年より抜粋編集)

遠藤周作(1923-1996)が『沈黙』を出したのは1966年。その後1973年に『イエスの生涯』、1978年に『キリストの誕生』を出しています。そして1981年に出したのが、『名画・イエス巡礼』です。これは受胎告知から復活までのトピックごとの絵画を題材に、遠藤の言葉でイエスの生涯を綴った本です。出版後それほど時間を置かずに購入したものの、じっくり読む機会のないまま何十年も書架に眠っていたのを取り出し、改めてページを繰りました。遠藤は聖書にあるそれぞれの福音書を深く読み込み、イエスの生涯を丁寧に追いながらキリストの誕生へつながる物語を語っていました。遠藤の言葉が深く心に突き刺さるとともに、松村禎三がこれらの遠藤の著作を必ずや読んだに違いないと思ったことです。

遠藤周作『名画・イエス巡礼』
文藝春秋 1981

  • 受胎告知:フラ・アンジェリコ「受胎告知」 …7
  • クリスマスの夜:トマソ・ジョヴァンニ・グイディ・マサッチョ「東方三賢王の礼拝」 …15
  • ナザレのイエス:ジョルジュ・ド・ラトゥール「仕事場のイエスとヨセフ」 …23
  • ヨハネの洗礼:ピエロ・デラ・フランチェスカ「キリストの洗礼」 …31
  • 悪魔の誘惑:コンラート・ヴィッツ「聖ペトロ奇跡の漁獲」 …39
  • カナの結婚式:ゲラルド・ダヴィッド「カナの婚宴」 …47
  • ガリラヤの春オディロン・ルドン「キリストとサマリヤの女」 …55
  • 北方への流浪ジョヴァンニ・ベリーニ「イエスの変容」 …63
  • エルサレム入城:ジオット・ディ・ポンドーネ「エルサレム入城」 …71
  • 最後の晩餐:イル・ティントレット「最後の晩餐」 …79
  • ゲッセマネでの逮捕:ヴァン・ダイク「ユダの裏切り」 …87
  • ペトロの否認:ヘンドリク・テルブルッヘン「聖ペトロの否認」 …95
  • 処刑宣告まで:ヒーロニムス・ボッス「この人を見よ」 …103
  • ゴルゴダの丘:ディエゴ・デ・シルヴァ・イ・ベラスケス「十字架のキリスト」 …111
  • エスの復活ジョルジュ・ルオー「郊外のキリスト」 …119

初出:『文藝春秋』1979年1月号~1980年2月号に「名画・イエスの生涯」の題で連載。「イエスの復活」は書下ろし。