ニッポニカ・ビオラ弾きのブログ

芥川也寸志メモリアル オーケストラ・ニッポニカのビオラ弾きのブログです

古澤淑子と荻野綾子(その4)

 1937年(昭和12)6月にマルセイユに着いた古澤淑子は、迎えに来た荻野(太田)綾子と共に列車でパリへ向かいました。綾子が初めてパリを訪れたときもそうであったかという印象です。

 列車はゆっくりとパリ市街に入っていく。淑子はもっともっと自然の中を走りたかった。マルセイユ−パリ間、当時は約8時間かかっている。駅はリヨン駅。太田先生ご夫妻の泊まるホテルに着いて旅装を解く間もなく、すぐオペラ座へ出かけた。
 6月の夕刻は昼間も同然の明るさであることに驚き、日本とは違ったカラリとした初夏の風に、ここがパリであることを実感する。
 オペラ座は毎週金曜日が「ソアレ・ド・ギャラ」で、客はみな着飾って観劇することになっている。が、この日はウィークデーだからごく普通でよいとのこと。とはいえ、オペラ座の壮麗なたたずまいに、淑子は圧倒される思いだった。(中略)
 フランスの第一夜に、ベルリオーズのあのロマンチックな旋律に酔えるとは。オーケストラの醸し出す音の規模の大きいこと!その厚みに心奪われた。そして素晴らしい独唱者が揃っていた。中でも主役テナーのジョルジュ・ジュアットの素晴らしさには大感激。大きくはないけれどよく通る声、上品で控え目なその音楽性にすっかり魅せられてしまった。10年以上ものち、そのジュアット先生について発声をなおしていただくことなど、そのときは夢にも思わなかった。

出典:星谷とよみ『夢のあとで:フランス歌曲の珠玉 古澤淑子伝』(文園社、1993)p76-78