歌手・荻野綾子(1898-1944)がパリに渡ったのは、1925年〜28年と1930年〜32年、そして1937年の3回。その当時のパリの事が知りたいと思い、10年ほど前に買ったままになっていた藤田嗣治の評伝を読んでみました。画家・藤田嗣治(ふじた・つぐはる、1886-1968)は1913年〜31年の間、1929年に一時帰国するものの20年近くパリで活躍していました。評伝からは戦間期の芸術が爛熟していた時期のパリの様子が活き活きと伝わってきました。当時パリを訪れた日本人は皆「フジタを知っているか」と聞かれるくらい、藤田はフランス人の間で有名だったそうです。荻野綾子もきっとフジタのアトリエを訪問したのではないでしょうか。
本に書かれている時代背景では、第1次大戦が1914〜18年、戦勝国であるフランスはその後1929年の大恐慌までの間、「自由と退廃が支配した狂乱の時代」を謳歌するのでした。絵が売れていたフジタはパーティで100人が集えるくらい広い家に引っ越し、そこはたくさんの画家たちのサロンとなってました。フジタのアトリエに出入りする人物には、シュールレアリズムの詩人アンドレ・ブルトンや、画家・写真家のマン・レイ、そして作曲家エリック・サティの名前も登場します。荻野綾子がパリに初めて足を踏み入れたのは、そうした時代の真っただ中でありました。
藤田嗣治:「異邦人」の生涯 / 近藤史人
東京 : 講談社, 2002
317p ; 20cm
目次:
プロローグ:空白の自伝 …7
第1章 修業時代
名門の子 …17
東京美術学校 …26
見知らぬパリ …33
貧乏仲間 …39
キキ …49
デビュー前夜 …58
ピカソが見ている! …63
第2章 パリの寵児
狂乱の時代 …73
絶賛された裸婦像 …78
華麗なる日々 …85
フェルナンドとユキ …90
「軽薄な宣伝屋」 …101
パリの日本人社会 …114
「乳白色」の秘密 …127
第3章 皇国の画家
数奇な運命の絵画 …137
十七年ぶりの帰国 …140
彷徨 …148
大壁画と「幻の映画」 …160
「戦争を背負って歩く男」 …172
ノモンハンへ …185
最高傑作 …201
戦争画と芸術と …210
第4章 さらば日本
GHQからの使者 …219
不毛な論争 …227
「灰色の証言」 …232
永遠の別れ …239
戦争画の長い眠り …245
第5章 「美の国」へ
ニューヨーク …253
寂寥のパリ …260
帰化と洗礼 …271
心を映すキャンバス …278
夢の中を生きる …284
最後の仕事 …292
あとがき …308
年譜 …310
主要参考文献 …314