ニッポニカ・ビオラ弾きのブログ

芥川也寸志メモリアル オーケストラ・ニッポニカのビオラ弾きのブログです

三月の句会

 3月14日(月)は月例の句会の日でした。いつもは前日までに兼題(前もって出される季題(季語)=今月は「辛夷」(こぶし))の句を含む三句を幹事の方まで送り、当日有楽町での句会に臨みます。しかし今月は震災の影響で、メール句会に変更になりました。それでも参加者のうち何人かは「身内の安否がわからない」「被災地に知人はいないがとても句作に気持ちが向かない」などで欠席の連絡が続々はいりました。
 私もこれだけの災害にひるむ思いで、いったいどうしたものかかなり迷っていました。兼題の「辛夷」はちょうど今頃写真のような白い見事な花をつける木です。その美しさを句に詠むには自分の気持ちがとても弱っているのを自覚しました。それでも自分の母が、句に詠み込むことで人生の喜怒哀楽を乗り越えていたことを思い、なんとか三句投句しました。
 大先輩の方から、「別の句会では、被災した人が避難所から投句してきた。避難生活を句にして。」というメールが届き、「俳句の力」の大きさを伝えられました。また幹事の方からは、「先の大戦の敗退につぐ敗退の中でも仲間と短歌や俳句を作っていた話、シベリヤで抑留中も希望を失わずに帰還した兵士、アウシュビッツでも然り。そんなことを読むたび知るたびに、ソンナ人間ニ私ハナリタイ、と思ってきました。ですから、大変な時でも、可能ならば続けようと考えて来ました」というメッセージが届きました。
 結局何人もの方からの投句があり、無事メール句会が開催されました。各人の句が無記名でランダムに提示され、参加者は三句ずつ選んで評を送りました。投句はできなかったが選句はするという方もいて、メール上で活発なやりとりがありました。そして地震や被災者に関連した句とともに、日常のさまざまな情景を詠んだ句を味わうことが出来ました。
 他の方の句をご紹介できないのは残念なのですが、せめて私の拙い句と選評を載せさせていただきます。

津波来て辛夷も家も流れけり


Aさんの評:俳句は基本的に自分を詠むので、この句の場合は自分が被害にあったということになります。被害の状態を詠むのなら「津波来て家も辛夷も消へしとか」などど聞いた様に詠むのがいいかも。それと「辛夷も家も」も遠近大小からすれば家のほうが先では。

子の背中大きくなりて卒業す


Bさんの評:成長しているのだから当り前、というのではなくて、たくましさ、頼もしさを示す抽象的な「大きさ」ではないでしょうか。一読、男の子かな、と思いました。