ニッポニカ・ビオラ弾きのブログ

芥川也寸志メモリアル オーケストラ・ニッポニカのビオラ弾きのブログです

ニッポニカ第37回演奏会「1964年前後・東京オリンピックの時代」

f:id:nipponica-vla3:20200314164322j:plain
第37回演奏会

オーケストラ・ニッポニカ第37回演奏会
1964年前後・東京オリンピックの時代
2020年6月21日(日)14:30開演 紀尾井ホール(延期になりました)

指揮:野平一郎
管弦楽:オーケストラ・ニッポニカ
チケット:全席指定 S:3,000円/A:2,000円/U25席:1,000円
 コンサート・イマジン 03-3235-3777 他
主催:芥川也寸志メモリアル オーケストラ・ニッポニカ
助成:芸術文化振興基金 芸術文化振興基金助成事業(申請中)/(公財)アサヒグループ芸術文化財団(申請中)/(公財)花王芸術・科学財団/(公財)野村財団
認定:企業メセナ協議会(申請中)
アーカイヴ協力:東京音楽大学付属図書館
http://www.nipponica.jp/

更新履歴

  • 2020.4.13 演奏会の延期について記載

f:id:nipponica-vla3:20200313211905j:plain
ニッポニカ第36回プログラム
 第36回演奏会のプログラム冊子の内容です。

日本バレエ・舞踊史における1950年 : オーケストラ・ニッポニカ第36回演奏会
 オーケストラ・ニッポニカ, 2020.2.23
 15p ; 30cm
 注記: 演奏会プログラム ; 日時・会場: 2020年2月23日(日)・紀尾井ホール(東京) ; 主催: 芥川也寸志メモリアルオーケストラニッポニカ ; 助成: 芸術文化振興基金, 朝日新聞文化財団, 花王芸術・科学財団 ; アーカイヴ協力: 東京音楽大学付属図書館

プログラム:

出演:鈴木秀美(指揮), 長尾洋史(ピアノ)**, 鈴木美登里(語り)*, オーケストラ・ニッポニカ(管弦楽

内容:

プログラム …2
Profile: 鈴木秀美, 長尾洋史, 高木和弘(コンサートマスター) …3
Program Note / 奥平一 …4
3つのバレエ・舞踊のものがたり …8
1950年の舞台から …10

[広告とニッポニカ案内] …12
株式会社エルアイン/Sasaya Music Europe/ニッポニカ演奏会ライヴCDご案内
応援団/ニッポニカ・フレンズ/東京音楽大学付属図書館ニッポニカ・アーカイヴ/出演者名簿ほか

ペトルーシュカ日本初演プログラム

f:id:nipponica-vla3:20200208152743j:plain
ペトルーシュカ日本初演プログラム
 ディアギレフのバレエ・リュスが1911年に初演した『ペトルーシュカ』は、1944年に上海バレエ・リュスで東洋初演されました。ペトルーシュカを踊ったのは小牧正英。彼は1946年に帰国後小牧バレエ団を立ち上げ、1950年に『ペトルーシュカ』の日本初演を果たしました。その時のプログラム冊子の内容は次の通りです。占領期のためか、裏表紙裏にプログラムが英文で記載されていました。

小牧バレエ団秋の大作公演

 有楽座、1950.11
 16p (Yurakuza No.72)
内容:

小牧バレエ団秋の大作公演 ……1

魔笛』序曲…モーツアルト
 演奏 東宝交響楽団
 指揮 M.グルリット
バレエ『牧神の午後』…ドビュッシィ曲
 演出振付 小牧正英―ワスラフ・ニジンスキーに依る―
 美術 三林亮太郎―レオン・バクストに依る―
グランド・バレエ『ペトルウシュカ』1幕4場…ストラヴィンスキィ曲
 昭和25年度文部省芸術祭バレエ公演
 演出振付 小牧正英―ミハイル・フォオーキンに依る―
 美術 三林亮太郎―アレキサンダー・ブノアに依る―
 衣裳 吉村倭一
 照明 小川昇
 舞台監督 池田義一
 演奏 東宝交響楽団
 指揮 M.グルリット 高田信
1950年11月17日―27日
 4時・6時半2回(初日6時半1回)
 税共料金 150円 250円

『牧神の午後』[あら筋]
 牧神 小牧正英  ニンフ 広瀬佐紀子 ほか

  • ペトルウシュカ」の鑑賞 / 光吉夏弥 ……2
  • ストラヴィンスキイと「ペトルウシュカ」 / 深井史郎 ……4
  • ペトルウシュカ』余談 / 大田黒元雄 ……5
  • 古典バレエと近代バレエ:「白鳥の湖」と「ペトルウシュカ」の対比 / 牛山充 ……6
  • ペトルウシュカ』[配役、あら筋] ……8
  • 戦後に於ける小牧正英演出振付による本邦初演のバレエ作品 ……8
  • 小牧正英小論 / 佐藤寅雄 ……11
  • アレクサンドル・ブノアの芸術 / 三林亮太郎 ……12
  • [出演者]関直人、広瀬佐紀子、笹本公江、太刀川瑠璃子、岸清子、日高惇、沢田知路 ……13
  • 上海ライセウム劇場上演の際の現地各新聞紙評 ……14
  • ペトルウシュカ」の稽古風景 / 渡邊武一撮影 ……15
  • 広告 ……16
  • [英文プログラム] ……[17]

芳賀直子『バレエ・リュス その魅力の全て』

f:id:nipponica-vla3:20200202162211j:plain
芳賀直子『バレエ・リュス その魅力のすべて』
 1909年から1929年まで存在した「バレエ・リュス」について、全体像と個々の作品、関わった人々、解散後の歩み、など多面的なアプローチで紹介した著作。ディアギレフの誕生からバレエ・リュス解散までの詳細な年譜、14ページにわたる主要参考文献、人名と作品名の索引付。著者はバレエ・リュス、バレエ・スエドワを専門とする舞踊研究家。

バレエ・リュス その魅力の全て / 芳賀直子

国書刊行会、2009年9月
409, 19, xiv, 7p ; 22cm
目次:
バレエ・リュス ダンサー・アルバム …巻頭

第1章 バレエ・リュス:奇跡のバレエ団 …9

  バレエ・リュス=「ロシア・バレエ団」/正式名称をもたないツアリング・カンパニー/ロシアで公演したことのないロシア・バレエ団/西欧で愛されたバレエ団―パリ、ロンドン、モナコ/ディアギレフという中心/バレエ・リュスの結成まで/オリエンタルからアヴァンギャルドまで/バレエ・リュスを支えた人々/バレエ・リュスのライバル達/恋人の変化=作風の変化/ディアギレフの死とバレエ・リュス解散

第2章 天才を集める天才:セルジュ・ディアギレフ …53

  1909年、結成までの歩みを追って/生い立ち-幼少期から大学でのブノワとの出会い、バレエとの出会い/グランドツアーからロシアでの活動-展覧会主催、『芸術世界』創刊/ロシア帝室劇場特別任務要員に、そしてバレエ《シルヴィア》の失敗/活動は西欧、パリへ―ロシア美術展、ロシア音楽祭、そしてオペラ《ボリス・ゴドゥノフ》/バレエ・リュス活動中のプライベート-ホテル住まいとヴァカンスと交友録/ディアギレフの魅力と限界

第3章 スターたち・振付師たち …89

  変化の時代に/スターたち・振付家たち:ミハイル・フォーキン、ワツラフ・ニジンスキー、レオニード・マシーン、アントン・ドーリン、セルジュ・リファール、ブロニスラワ・ニジンスカ、ジョルジュ・バランシン

第4章 全作品紹介 …145

  全作品を、作品傾向ごとに/ロシア帝室バレエの伝統:饗宴、白鳥の湖、蝶々、眠れる森の美女、ジゼル/ロシアを描く:ポロヴェツ人の踊り、火の鳥サドコペトルーシュカ、金鶏、真夜中の太陽、キキモラ、ロシア物語、道化師、狐、結婚、禿山の一夜、鋼鉄の歩み、オード/革新的な作品:レ・シルフィード、薔薇の精、牧神の午後、遊戯、春の祭典ティル・オイレンシュピーゲル「オリエンタル」な作品クレオパトラシェエラザード、レ・オリエンタル、青い神、タマール、ラス・メニナス、三角帽子、ナイチンゲールの歌、クァドロ・フラメンコ/ギリシャ神話作品:ナルシス、ダフニスとクロエ、ミダス、ゼフィールとフロール、ミューズを導くアポロ、物乞う神々/イタリアを舞台にしたバレエ:ル・カルナヴァル、上機嫌な婦人たち、風変わりな店、プルチネッラ、女のたくらみ/バレエを逸脱した「バレエ」:花火、パラード/聖書を題材にサロメの悲劇、ヨセフ物語、放蕩息子/フランス風バレエ:アルミ―ドの館、女羊飼いの誘惑、牝鹿、うるさがた、青列車/コンテンポラリーダンス的魅力:船乗りたち、バラボー、ロミオとジュリエットネプチューンの勝利、牝猫、メルキュール、舞踏会/アメリカがバレエに:パストラル、びっくり箱

第5章 美術家たち・音楽家たち …305

  音楽家たち―幕間の音楽さえ初演だった、その豪華さ/ロシアの作曲家たち/ディアギレフの息子たち:イーゴリ・ストラヴィンスキー-第一の息子、セルゲイ・プロコフィエフ-第二の息子、ウラジーミル・デュケルスキー(ヴァ―ノン・デューク)-第三の息子、イーゴリ・マルケヴィチ-最後の息子/フランスの作曲家たち/六人組-メンバーとそこから繋がるフランス音楽界とバレエ・リュス/イタリア風・スペイン風作品と音楽家たち/英国の作曲家たち/舞台美術-『芸術世界』誌の人脈から/ブノワ-ディアギレフの世界を広げた男/バクスト‐バレエ・リュス初期のイメージの源流/『芸術世界』の人たちとバレエ/『芸術世界』から離れて/1920年代の多彩な顔ぶれ/バレエを超えたバレエへ

第6章 ディアギレフ死後:アフター・バレエ・リュス …369

  様々なバレエ・リュスの誕生-そしてバレエ・リュス・ド・モンテカルロ/ディアギレフ、最期の時/ニュースは世界へ/モンテカルロ・バレエ・リュス/バレエは新大陸、そして世界へ‐米国のバレエ/豪州のバレエ/英国のバレエ/フランスのバレエ/日本のバレエとの関わり/今日まで続くバレエ・リュスの遺香

あとがき …408
バレエ・リュス年譜 …(1)
主要参考文献 …I
人名・作品名索引 …①

メモ

■オリエンタルからアヴァンギャルドまで
 忘れてはならないのは、バレエ・リュスが質の高い作品を提供し続けることができた背景には、ディアギレフがバレエの教育、訓練というものの大切さを大変よく理解しており、バレエ・リュスに長い間エンリコ・チェケッティという名教師、後にリュボフ・チェルニチェヴァという二人がいたことである。(p33)

ペトルーシュカ
 この作品は、しばしばバレエ・リュスの作品に登場する「人形振り」と、「死んでも死なない」という二つのテーマを含んだ作品という点でも注目すべきだろう。… 死んでも死なないキャラクターは《ティル・オイレンシュピーゲル》(1916年)、《プルチネッラ》(1920年)、《バラボー》(1925年)といった作品にも登場する。これらほどはっきりと作品のなかで描かれなくても、「死んだものが生き返る、生き続けるというテーマ」と見なすことができる作品もある。こうした死生のテーマはディアギレフが特に意図したものではないだろうが繰り返し登場しているし、後に「死生」「エロス」といったテーマを打ち出してモーリス・ベジャールがバレエ界に登場することを考えると興味深い点である。(p174 )

■日本のバレエとの関わり
 もちろん、日本人ダンサーもその影響を受けており、上海バレエ・リュスにいたという小牧正英や、バレエ・リュスに憧れて研究した東勇作らが、バレエ・リュス作品を上演するなど大きな影響があった。上海バレエ・リュスはディアギレフのバレエ・リュスとはずいぶん違っていたが、レパートリーは重なる部分があった。当時は日本のバレエも、今ほど全幕ものにこだわることはなく、バレエ・リュスのように30分程度の作品をいくつか上演する形態で公演が行われていたのである。(p401-402)

『魅惑のコスチューム:バレエ・リュス展』図録

f:id:nipponica-vla3:20200119162908j:plain
「魅惑のコスチューム:バレエ・リュス展」図録

 2014年に国立新美術館で開催された、バレエ・リュスのコスチューム展の図録。1909年から1929年まで活動したバレエ・リュスでは、上演した演目のコスチュームを大量に所蔵していた。解散した後そのコスチュームは、様々な経緯ののち1967年以降オークションに出された。最初の3回の競売では欧米の博物館や美術館がコレクションを獲得したが、1973年の最後の競売で400点以上を競り落としたのは、キャンベラにあるオーストラリア・ナショナル・ギャラリー(現オーストラリア国立美術館)だった。同館ではその後もコレクションの充実を図り、傷んでいたコスチュームは丁寧に修復し、展覧会を開催している。そのコレクションからの140点を中心に開催されたのが、本図録の展覧会である。
 この図録は2010年にオーストラリア国立博物館で開催された「Ballets Russes: The Art of Costume展」に際して出版された図録の翻訳である。ただし原著にあったバレエ・リュスのオーストラリア公演に関する論考は、本橋弥生による「日本におけるバレエ・リュスの受容」に差し替えられており、その英訳も収録されている。

魅惑のコスチューム:バレエ・リュス展 = The art of costume : Ballets russes

国立新美術館、2014.6
277p ; 29cm
展覧会カタログ ; 会場・会期: 国立新美術館・2014年6月18日-9月1日 ; 主催: 国立新美術館、TBS、オーストラリア国立美術館読売新聞社 ; 後援: オーストラリア大使館、公益財団法人日本バレエ協会 ; 協賛: 大日本印刷チャコット ; 助成: 豪日交流基金 ; 協力: K-Ballet、日本航空ヤマトロジスティクス
目次:
ごあいさつ …10
「魅惑のコスチューム:バレエ・リュス展」に寄せて …12
バレエ・リュスの衣裳という遺産 / ロバート・ベル …19

見果てぬ夢:バレエ・リュスを想う / ロバート・ベル …22
スペクタクルとしての公演:バレエ・リュス―歴史、古典主義的伝統 / ヘレナ・ハモンド …50
モダン・アート、モダン・バレエ / クリスティーン・ディクソン …68

セルゲイ・ディアギレフのバレエ・リュス 1909-29年 舞台衣裳 …82
《アルミ―ドの館》 …84
イーゴリ公》より《ポロヴェツ人の踊り》 …86
クレオパトラ》 …88
《カルナヴァル》 …92
シェエラザード》 …96
《ジゼル》 …102
火の鳥》 …104
《ナルシス》 …108
ペトルーシュカ》 …110
《青神》 …114
《タマ―ル》 …116
《牧神の午後》 …118
《ダフニスとクロエ》 …122
《蝶々》 …124
《金鶏》 …126
サドコ》 …130
《奇妙な店》 …132
ナイチンゲールの歌》 …134
《女の手管(チマロジアーナ)》 …138
《道化師》 …142
《眠り姫》 …144
《オーロラの結婚》 …148
《女羊飼いの誘惑》 …152
《ゼフィールとフロール》 …154
《鋼鉄の踊り》 …156
《頌歌》 …158
《舞踏会》 …162

バレエ・リュス・ド・モンテカルロ 1932-40年 舞台衣裳
《プルチネッラ》 …166
《予兆》 …168
《美しきドナウ》 …170
《公園》 …172
フランチェスカ・ダ・リミニ》 …174
《永遠の葛藤》 …176

日本におけるバレエ・リュスの受容―1910-20年代を中心に / 本橋弥生 …178
 はじめに
 1.第一世代 バレエ・リュスの発見者(1912-14年)石井柏亭山田耕筰小山内薫島崎藤村、大田黒元雄
 1-1 パリ ベルリン
 1-2 絵画的側面の受容(1912-13年)村田実、木村荘八萬鉄五郎長谷川潔
 1-3 ニジンスキーの紹介記事(1913-16年)
 1-4 『露西亜舞踊』と大田黒元雄
 1-5 日本人舞踊家の挑戦
 2.第二世代 受容から創造へ 猿之助とマシーン、アンナ・パヴロワの日本公演
 2-1 猿之助とバレエ・リュス
 2-2 バレエ・リュス評論の成熟
 2-3 アンナ・パヴロワ来日公演
 3.バレエ・リュスの画家たちと日本人の交流
 3-1 ゴンチャローワ、ラリオーノフと「舞台装飾展覧会」(1923年)
 3-2 福島夫妻とジョルジュ・ルオー
 おわりに 葦原英了とゴンチャローワ、ラリオーノフ

看過された事実:タグ、スタンプ、汚れ / デビー・ウォード …194

注釈 …209
デザイナー一覧 …216
バレエ・リュス年表 …228
出品作品リスト …238
Selected bibliography | 主要参考文献 …250
執筆者一覧 …257
The reception of the Ballets russes in Japan: focus on the 1910s and 1920s / Yayoi Motohashi …258

大田黒元雄『露西亜舞踊』(1917年版)

 ディアギレフが主宰したバレエ・リュスの概要を紹介した、大田黒元雄(1893-1979)の最初の著作。特定の劇場に所属しない舞踊団である「バレエ・リュス Ballets russes」は、当時の日本では直訳の「露西亜舞踊」と呼ばれていたと考えられる。大田黒は1912年から1914年までロンドンに留学しており、その間にバレエ・リュスのロンドン公演を数多く観劇していた。帰国後その印象を忘れないうちに書き留めようと著したのがこの書籍である。
 まず「自序」で、ロンドンで観たバレエ・リュスの舞台は忘れ難いこと、その印象が伝わるようにこの本では文章より挿絵に重きをおいたことを記す。続く「序説」では、「白鳥湖」から「春の犠牲(春の祭典)」まで、パリとロンドンで1914年までに上演された23の演目を挙げ、バレエ・リュスがいかに革新的な舞踊団であるかを様々な観点から述べる。そして「舞踊十二番」で代表的な演目12を取り上げ、タイトル(日仏)と構想、音楽、振付、舞台・衣裳図案に携わった人名を掲げた上で、筋書を図版と共に詳しく記載。最後に「参考文献」として、7冊の洋書と、芸術雑誌『コメディア・イルストレ Comœdia illustré 』の1912年~14年の数号、大田黒の著作のうち『バッハよりシェーンベルヒ』『近代音楽精髄』『印象と感想』を挙げている。巻末には挿絵の出典として参考文献に挙げた「各種の露西亜舞踊に関する著書と、雑誌「コメディア・イルストレ」、並びに倫敦の大家ホッペの撮った各種の写真から複製」したことが記されている。
 この書籍は大田黒自身が起こした「音楽と文学社」からでており、同社発行の雑誌『音楽と文学』には、広告も含め関連記事が掲載されている。
 

露西亜舞踊 / 大田黒元雄

音楽と文学社、大正6.6 [1917]
82p 図版43枚 ; 23cm
定価2円50銭

内容:
自序 …1
序説 …3
舞踊十二番 …47

附録 露西亜舞踊に関する参考文献 …80

『音楽と文学』誌に載った『露西亜舞踊』に関する記事

  • 「序説」全文(2巻2号 1917年4月)
  • 露西亜舞踊」に就て / 大田黒元雄(2巻6号)(萩原朔太郎からの書簡を転載)
     以下抜粋「あの美しい写真版と詩を読むような筋書とは私をすっかり空想の舞台につれて行きました。就中私のたまらなく思ったのは「ペトルーシュカ」の一幕です。筋書と説明を読んだだけでも私の胸は躍るようでした。ストラヴィンスキイの音楽というのはどんなものでしょう。そこには私の年来胸に抱いているようなあらゆる憧憬と美の世界があるにちがいない。あの人形の悲劇、カーニバルの賑わい、群集何という怪しげな音楽がそこに奏せられるか、何という夢幻的の舞台がそこにあることか。」
  • 表紙挿絵:妖精(2巻7号)、牧神(2巻8号)、ニジンスキイ(2巻9号)、ヨゼフ物語(3巻1号)
  • 広告:2巻3号~8号、4巻3号~6号
     抜粋「三色版・コロタイプ・網版・凸版・挿絵五十葉/最上等紙印刷 菊版天金著者装幀美本」

参考

  • 雑誌『音楽と文学』(1916~1919):大田黒元雄とその仲間たち:回想・プロフィール・記事一覧(奏楽堂特別展図録、日本近代音楽館、2002)
  • 大田黒元雄の足跡:西洋音楽への水先案内人:没後30年特別展(杉並区立郷土博物館、2009)

大田黒元雄『露西亜舞踊』(1926年版)

 ディアギレフが主宰したバレエ・リュスの概要を紹介した、大田黒元雄(1893-1979)の著作。書名の「露西亜舞踊」は普通名詞でなく、「バレエ・リュス」そのものを指している。バレエ・リュスは1909年から1929年まで、パリを中心に公演を重ねたバレエ団だが、本書はそのうち1909年から1924年までの演目や踊り手、スタッフについて記述している。大田黒は1912年から1914年までロンドンに留学しており、その後も何度か渡欧しているので、バレエ・リュスの舞台を実際に観ていた。1917年には最初の『露西亜舞踊』を音樂と文學社から出しており、本書はその約10年後にまとめたもの。
 大田黒は巻頭で「これは絵本である。文章はほんの解説に過ぎない」と述べている通り、本書はまず70枚近い挿絵により、バレエ・リュスの舞台、踊り手、振付や装置や衣裳を担当したスタッフたちを具体的に紹介している。その後に続く本文では、「序説」でバレエ・リュスがいかに一世を風靡した存在であったかを示した後、「年代記」で1909年から1924年まで1年ごとに、各年の上演演目と特徴を紹介。続いて「舞踊音楽」の勃興について触れた後、「舞踊十二番」として代表的な演目のあらすじと見どころを、1917年の『露西亜舞踊』から転載。「ロシア舞踊一覧表」では上演した46作品について、各演目のタイトル(日仏)、装置や衣裳、音楽、振付、初演日時等をまとめている。
 なお本書は、NDL(国立国会図書館)デジタルコレクションにはいっており、同館および図書館送信参加館で閲覧することができる。

露西亜舞踊 / 大田黒元雄

第一書房、大正15.9 [1926]
91p 図版 ; 26cm
750部限定出版、特価7円50銭

内容:
《挿絵》
■原色版
ダフニスとクロエ(バクスト)
ヨゼフ物語―ボテイフアの妻の衣裳(バクスト)
上機嫌の女たち(バクスト)
ペトルウシュカ(プノア)
金鶏第一幕(ゴンチャロヴァ)
ロシアの物語のための衣裳(ゴンチャロヴァ)
奇妙な店(ドラン)
三角帽(ピカソ
ルナァル(ラリオノフ)
レ ビイシュの幕(ロオランサン)

■写真版
ディアギレフ(バクスト)
イゴル公(レエリッヒ)
イゴル公 ―ボルム
韃靼の踊(グルウネンベルグ
フォキン(セロフ)
シェエラザァド
シェエラザァド ―ニジンスキイ
シェエラザァド(グルウネンベルグ
バクスト
火の鳥―カルサヴィナとボルム
カルサヴィナ
カルナヴァル ―ボルム
カルナヴァル(マルティ)
クレオパトラ(バクスト)
クレオパトラ(フェドロヴァ)
妖精
ストラヴィンスキーとニジンスキイ
ペトルウシュカ ―カルサヴィナ
ペトルウシュカ
タマァル ―ボルム
タマァル ―カルサヴィナとボルム
牧神の午後
ニジンスキイ(ブランシュ)
ダフニスとクロエ ―カルサヴィナ
春への犠牲 ―ソコロヴァ
ストラヴィンスキイ(ピカソ
ヨゼフ物語(セルト)
金鶏―カルサヴィナ
パラアドの幕(ピカソ
パラアド―ソコロヴァ
マッシイヌ(バクスト)
ロシアの物語
ロボコヴァ(ピカソ
奇妙な店の幕(ドラン)
三角帽の幕(ピカソ
三角帽の水車番(ピカソ
道化者
レ ファシュウー ―チェルニチェヴァとドラン
結婚
レ ビイシューラ ―ニジンスカ

《本文》
序説 …7
ロシア舞踊年代記 …15
ロシア舞踊と音樂 …37
舞踊十二番 …47

  • タマアル …49
  • 妖精 …52
  • イゴル公 韃靼の踊 …53
  • 薔薇の精 …55
  • クレオパトラ …56
  • カルナヴァル …59
  • シェヘラザアド …60
  • 火の鳥 …63
  • ペトルウシュカ …65
  • 牧神の午後 …69
  • 春への犠牲 …70
  • ヨゼフ物語 …71

ロシア舞踊一覧表 …75
目次 …88
挿絵目次 …90

参考


 1940年から45年まで上海バレエ・リュスに所属していた舞踊家の小牧正英(1911-2006)は、中学生の頃日本で大田黒のこの本に出会い、多くの図版に感動したと述べている。小牧はその時からバレエ・リュスの詳細に触れていたことがよくわかった。